Consultant 代表コンサルタント

Consultant 代表コンサルタント

同族企業の永続経営と次世代経営者の育成を支援します。

代表コンサルタント
西川 盛朗
Nisikawa Morio

役職

  • ヨコハマコンサルティング株式会社 代表取締役会長
  • 日本ファミリービジネスアドバイザー協会(FBAA) ファウンダー
    ・名誉理事
  • ファミリービジネス学会 顧問
  • FFI―フェロー・ファミリービジネスアドバイザー資格認定証保持者

経歴概略

  • ハーバード大学経営大学院(A.M.P) 修了
  • ジョンソン株式会社(S.C.Jhonson) 元代表取締役副社長
  • ジョンソンディバーシー株式会社 元代表取締役社長(CEO)、
    会長
  • 米国本社 オフィサー

キャリアのスタートは、英国でのマーケティング修行

同族企業(ファミリービジネス)が発展していくためには、必要不可欠な「仕組み」があります。私は130年超の歴史を持つ外資系のファミリー企業(SCジョンソン社)で、BtoB事業に20年、BtoC事業に20年携わってきました。営業、マーケティング、日本法人の社長、会長、グローバル本社役員などを経験し、折々に厳しい局面も乗り越え実務家としてのキャリアを磨く中で、ファミリービジネスが成長発展するためのノウハウを体得してきたのです。

私は23歳の時、ジョンソンに入社しました。
当時、ジョンソンは既にグローバル企業でしたが、日本法人は設立したばかりでした。BtoB営業部に配属となってすぐに、イギリスのジョンソンに勉強のため派遣されました。新製品戦略、開発、セールスミーティング、新製品のプレゼンテーションなどを経験し、マーケティングと経営の基礎を身につけ、一年後に帰国。新設されたマーケティング部門の責任者になりました。

同じ頃、新本社工場が神奈川県大磯にできました。ここは、大阪工場からの移住組、東京本社組、現地採用組と様々な文化や価値観が混じり合う大所帯です。そんな折、事もあろうか私がジョンソン共栄会の代表(今で言う労働組合の委員長)に指名されたのです。就業規則等の変更をはじめ、社長と私のハンコがないと会社の基礎が決まらないという重責を担うことになりました。例えば食堂のうどんの味付けひとつとっても、東京と大阪とでは全く違うわけで、小さなことから大きなことまで決め事の連続です。たくさんの人の意見を聴き、年長者への接し方を考えながら人を動かすことを学んでいきました。仕事に夢中の20代でした。

カビキラー、テンプル、ジャバ…BtoCで大ヒットを飛ばす

やがてBtoBマーケティング部のトップとなっていった私ですが、30歳を過ぎた頃、BtoCに転属し規模の大きなビジネスに携わりたいと思い始めました。事業部長に交渉し、3年がかりでようやく願いが叶いました。

転属したBtoCマーケティング部は、大きな苦悩を抱えていました。アメリカやヨーロッパで売れている製品が日本で必ずしも売れず、マーケティングが未熟だからと本社からは思われると言う外資系日本法人特有の悩みです。海外で開発した製品は生活文化の違いで売れないのに、マーケティングが未熟だからと判断されてしまう。私はこのことを何とかしたくて、チームメンバーと共に日本のマーケットをリサーチし研究開発に打ち込み、カビキラー、テンプル、ジャバなどの新製品を次々と開発して大ヒットを飛ばしました。一つずつ当てていく達成感!おかげさまでアメリカ本社も日本の会社と社員の優秀性を認めてくれるようになりました。

ところが、これらの成功体験によりマーケティングメンバーは新製品依存症に陥り、既存製品が手薄になったのです。コンシューマービジネス全体のマーケティングの責任者になった私はこのことに気づき、3年間新製品をストップすることを決断しました。既存の主要ブランドの活性化策としてリステージ(パッケージ、機能、広告宣伝)を積極的に行なった結果、3年後は見違える結果に!売上10億円以上のブランドが3つから7つになり、売上、利益ともに大幅に改善されました。BtoCビジネスの20年間のエキサイティングな経験は私の経営判断力を形成してくれました。

中編を読む

History 活動沿革

代表の西川はファミリービジネスコンサルタントの第一人者として様々な活動を行っております。
この背景には世界的ファミリー企業であるジョンソングループでの実績や独立後の活動実績があります。
こちらを下記の沿革でご紹介いたします。

ジョンソン社時代の主な経歴(1968年〜2007年)

  • コンシューマービジネス(家庭用、自動車用)、プロフェッショナルビジネス(業務用)の両分野において主にマーケティング、セールス及びマネージメントポストを歴任し、会社の設立から育成まで積極的な戦略を展開し、業績を飛躍的に向上させた。又、新しい市場の創出と業界NO.1の地位を築いた。
  • ジョンソン(株)入社以来、マーケティングの責任者としてコンシューマー事業、プロフェッショナル事業の両分野で数々の新製品の企画と開発、導入及び新事業の立ち上げを成功裏に行った。又、マネージメントとしては、工場売却、新工場建設、研究体制の改革、会社事業の分社化、本社移転、訴訟問題の解決、企業買収(3社)、事業売却(3事業)、ライトサイジング、コアブランド復活、流通再編(代理店集約化)、ジョンソンアカデミー設立(トレーニングカリキュラム/トレーニング施設3ケ所)、会社統合などを責任者としてリードした。
  • 企業理念策定委員会の副委員長として、現在全世界のジョンソングループの企業理念となっている「This We Believe」の策定に参加、その後、事業、会社責任者としてその精神を反映出来るよう15年間運営に携わった。
  • 世界的な分社政策によって、日本では従来のジョンソン(株)を法的に継承し、ジョンソンプロフェッショナル(株)が設立され、初代社長兼CEOに就任。
    又、日本の事業の進展によって、日本は世界の5大リージョンの1つに昇格し、日本リージョンの社長に就任と同時に米国本社の役員(オフィサー)に就任。社外取締役参加の取締役会と執行役員会を設け、ガバナンスを確立した。

コンシューマー事業(S.C.Johnson)での実績

カビキラー、ジャバ、テンプル他数々のヒット新製品の開発と市場導入の総括責任者を務め、又、家庭用品分野では、主力製品の7つのブランドを再活性化し、併せて自動車用品分野でも、フッ素WAX、ポイズ、アーマオール等の新製品導入により売上、利益とも最高記録を更新。取締役コンシューマーマーケティングディレクターとして1985年から1990年にかけ売上を70%伸ばし、利益を420%(4.2倍)と急進させた。

プロフェッショナル事業(Johnson Professional/Johnson Diversey)での実績

1991年に当事業の責任者として就任。おりしも日本経済がバブル崩壊し、問題が山積みしている中、それまでの製品主体型戦略(プロダクトドリブン)から顧客主体型戦略(カスタマードリブン・・・・それぞれのカスタマーに最適の提案)に転換し、効率的な組織体制を整え、91年から連続して増収増益を達成し、この間、世界的な分社政策に伴って、分社、新工場建設、新本社移転などを指揮し、2000年のA社、2002年のB社、2003年のC社の買収、統合をする一方、ノンコアビジネスの3事業を売却、撤退し、コアビジネスに資源を集中し、効率的な組織を確立した。 会社の規模は、この間350%(3.5倍)に成長。それまでのワックスカンパニーから食品衛生を含む総合的なクレンリネス&サニテーションカンパニーヘと脱皮飛躍させ、この分野において日本でNO.1の会社を築いた。

ヨコハマコンサルティング設立後(2007年〜現在)

コンサルタント活動例

  • 上場企業の社外取締役としてコーポレートガバナンス/次世代育成などで貢献
  • 外資系企業の経営会議議長として事業の建て直し、経営陣の再編、戦略計画の策定などをリードし、長期低迷の事業の業績向上に貢献
  • ファミリー企業の事業継承計画の策定を支援、次世代へのバトンタッチを導いた
  • 世代交代に際して多くの企業の経営理念を見直し、次世代経営陣による再確立をリード。創業の精神を活かし、新しい時代に合った経営理念の進化と継承に貢献

講演活動

三菱UFJ青年経営者セミナー、日本経営合理化協会、日本コーポレートガバナンスネットワーク、実践コーポレートガバナンス研究会、モラロジー研究所、東京第一弁護士会、六本木ヒルズアカデミー、コンサルタント企業、銀行、大学などで講演

テーマ例
  • 長く繁栄する同族企業の条件
  • 同族企業のガバナンスと経営理念
  • 実務経験から得たM&A成功の要諦
  • 勝ち続ける同族企業の条件
  • ファミリービジネスから学ぶ永続的経営の秘訣
  • 国際社会に生きる若者

一般社団法人日本ファミリービジネスアドバイザー協会(FBAA)設立

日本で初めてファミリービジネスの持続的発展を支援し、地域社会の発展に寄与することを目的とした一般社団法人として「日本ファミリービジネスアドバイザー協会、FBAA」を設立し、理事長を務める